2006年07月25日

失効した場合の費用計上の必要性

ストックオプション取引において、その費用は見かけ上の費用であり、減価償却と同様キャッシュの流出はありません。それが原因かどうかは分かりませんが、ストックオプション会計基準での費用計上のしかたは、金融商品として市場で取引されるオプションの費用処理とはかなりかけ離れています。

ストックオプションの場合は、取引が完結して付与されたストックオプションの権利が確定しても、株価の低迷などにより権利不行使のまま失効した場合は、費用計上は発生しません。(具体的には失効による利益は、原則として特別利益に計上することになります。)しかし、考えてみれば、ストックオプションの対価として、労働サービスを提供した従業員等にとってみればタダ働きとなり、会社から見れば無償でサービスの提供を受けたことになります。
通常のオプション取引では、買い手は一度支払ったオプション料は権利行使の是非にかかわらず返却されることはありません。

そもそも、オプション取引から期待される利益は、将来の株価の上昇のみからもたらされるものではなく、将来の株価の変動性からも、もたらされます。
この意味では、失効数の利益参入(費用非計上)はオプション理論上受け入れにくいものに映ります。
例えば、ストックオプションの発行した企業の株価がその後一進一退を繰り返し、権利行使日が到来したときは丁度行使価格と同じレベルに推移していたとします。発行時の公正な評価額評価額は1億円として、現時点では失効数はゼロとします。もしストックオプションの取得者が合理的な市場参加者だとしたら、彼らの行動と企業の会計上の処理は以下の通りとなります。

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このように、現在の会計基準では権利行使時における株価水準が変わらなくても権利行使するか否かで、費用への影響が大きく変わってきます。極端なケースでは100か0(All or Nothing)となることもありえます。

(参考:ストック・オプション会計評価と評価の実務 税務研究会出版局)

2006年07月14日

行使期限前行使は合理的な行動なのか?

ストックオプションの多くはアメリカンタイプと呼ばれる、満期日までの間に一定の権利行使期間が定められていることが多いようです。それに対し、ヨーロピアンタイプと言われるオプションのように、権利行使できる日は最終日(満期日)のみに限定されているものもあります。

ではアメリカンとヨーロピアンはどちらが得なのでしょうか。
直感的に考えれば、権利行使期間内なら何時でも権利行使可能なアメリカンタイプのオプションのほうが有利に見えます。ではその事実関係を、例を挙げて検証してみましょう。
A,B二人とも入社5年目で2年前にもらったストックオプションの権利行使期間が来週に迫っています。今AとBで権利行使をいつするかで議論しています。

Aは早期に権利行使をすることに賛成であり、その論拠は
・今が上場以来の高値であり、今行使するべきである。 
・早く現金を手元にほしい。
・この後株価が下がってしまえば、行使しなかったことを後悔する。

Bは
・企業業績は良く、まだまだ株価は上昇する可能性がある。
・特に現金が今必要ではない
・今売ってしまって、その後上昇したとき後悔する

二人の争点は、今後の株価に対しての見方(楽観、悲観)と今お金がいるか否かがポイントであり双方の考え方はそれぞれ、至極妥当性があるように見えます。

しかし、オプション理論に則り合理的に行動する市場参加者であれば、期限前行使は原則しません、なぜならば残りの時間的価値を放棄することになるからです。自らの投資収益を極大化することを求められているプロフェッショナルな投資家(機関投資家、ヘッジファンドの運用担当者など)がそのような行為にでれば、即刻その職を失うことでしょう。 しかし、ストックオプションを取得者の多くは、発行企業の社員や役員である「一般の個人投資家」であるため必ずしも合理的な行動はとらないことがあります。彼らは自らの財政事情やストックオプション価値の仕組みに対する知識の欠如、またはストックオプションは不労所得であるとの考え方から、安易に時間的価値を放棄して、期限前実行する傾向があります。しかし、このような予測困難かつ非合理的行動まで、評価の算定いれようとするもくろみは金融工学の評価スタンスとは温度差があるように思われます。

2006年07月10日

譲渡禁止はSOの価値を下げるのか?

会計基準が求めるストックオプションの評価については、ファイナンスにおけるオプション理論の考え方と、温度差があることがしばしば見られます。

例えば、ストックオプションが税制適格要件を満たすための条件のひとつとして、「譲渡禁止」があります。
「適用指針」には『この特性(譲渡禁止(または制限))の結果、ストックオプションを譲渡することができなければ、ストックオプションの権利行使時点において残存する時間的価値、すなわち権利行使時点から権利行使期間の満了日(満期日)までの期間に対応するストックオプションの時間的価値を実現する方法がなく、これを放棄せざるを得ないため、譲渡可能な自社株式オプションに比べ、その分だけ公正な評価単価は低下すると考えられる』とあります。
しかし、もし合理的に行動する市場参加者がストックオプションを取得したとしたら、譲渡禁止であっても、時間的価値を実現する方法をとるはずです。その方法をデルタヘッジ・オペレーション(※1)とよび、具体的には取得したストックオプションの権利を背景に、現物株市場で売買を繰り返すことにより、時間的価値を実現していくオペレーションを指します。「適用指針」は、ストックオプション取得者はこのような合理的行動をとらないことを前提としていると思われます。
例えば、オプションのプライシングやリスクを積極的にとる金融機関のトレーダーは、彼らが顧客のために複雑なオプションを組成し、その顧客と相対(OTC)で取引します。 トレーダーがその反対取引を他の金融機関と行えば、オプションからのリスクをゼロにすることができます。しかし現実には、殆どの金融機関が(彼らがプロフェッショナルであればあるほど)、そのような反対取引(FULL COVER)をすることはありません。彼らはオプションのリスクを様々に分解してコントロールします。このように、譲渡禁止(=反対取引禁止)であっても、オプションのリスクはコントロール可能なのです。
また、かのウォーレン・バフェットも、ストックオプションの譲渡禁止を「用途を制限された社用車」と例え、『それを与えられた者はその価値を自家用車より低く見積もるかもしれないが、与えた会社の方から見れば、その車の費用を低く見積もることはない。』と、上記指針に対して疑問を投げかけています。(※2)

※1:株価の変動に応じて、直物株の売買をシステム的に行い、オプションからの利益を実現させていくオペレーション

※2:BERKSHIRE HATHAWAY INC. 1998 Chaiman's Letter より

参考文献:ストック・オプション会計と評価の実務(税務研究会出版局)